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この土地で暮らし、この土地で死を迎えること。

お葬式は、菅沼部落中の人が手伝いに来た。
農家さんが多いので合間、合間仕事をしながら。。でも誰も嫌な顔せずテキパキ働いていた。
250人分の食事を作り、給仕し、目の回る忙しさ。
お葬式の順番、竹で作られた籠から飴やお金がでてきたり、とにかく何度も食事をし、言われるがまま動いていた、が見るもの、やることすべて初めてことで今考えれば疑問が多い。
最後に2日間お手伝いをしたリンポ班の人だけがニサブロウ爺さんの家族達に接待される。
そして喪主を勤めた長男さんが挨拶を。
「父はここ菅沼で暮らし、菅沼で死を迎え、菅沼の皆さんにお世話になって送り出すことができました。幸せだったと思います。それも菅沼の皆様のおかげです。ありがとうございました。」
途中、お葬式を自宅であげるのは大変だと思った。
でも、その言葉を聞いてニサブロウ爺さんはなんてかっこいい生き方だったんだろうって思った。
オキヨ婆さんも子供達もそんな父の生き方を最後まで貫いた。
いろいろあったけどきっとニサブロウ爺さんは天国で喜んでると思う。
私は、砂糖と油をたくさん使った菅沼の料理を覚えたし、部落の人も覚えた。
私がここ菅沼で生きるため、ニサブロウ爺さんはやっぱりチャンスをくれたんだな〜。
最後に。。
3年前、初めて一人で冬を越したとき水道が凍りこわれた。
何も知らないで隣に住んでいた、ニサブロウ爺さんの家でお湯をもらった。
その後、お風呂をいただいてご飯をご馳走になり、一緒に大河ドラマを見た。
私にとって、恩人の二人。
その当時の目標は、夫婦そろって80歳になったら表彰状をもらえるという「高齢者夫婦」になること。
見事に達成し、お家には額に入った「慶祝状」が飾られていた。